草取り2

  • 2019.06.17 Monday
  • 14:21

前回の草取りから、出張などもあり、3週間空いてしまった間に、雑草がまた勢いよく伸びていた。

 

今回の草取りでは、妻のやり方に従い、びっしりと生えている草を引っぺがして裏返しにして土中に埋める。

 

さらに稲のまわりにまとわりついている雑草の根などもきれいに取り去り、土を整えた。

 

その作業中、時折、勢いよく、動くものがいる。

 

なんだろうと思ったら、ザリガニだった。捕まえると、無念そうにハサミを動かす。田んぼにいると、驚くほど速く移動したりするので、見ていて、おもしろい。

 

またオタマジャクシの数が多く、そして体も大きくなっていた。よく見てみると、画像にあるように(ピンぼけしているが)蛙になろうとしているものがちらほらいる。

 

こういうふうにして成長していくのだったと、新鮮な心持がした。

 

今回はせがれ君も、田んぼに入り、時々、足を土にとられながら、オタマジャクシを追って、歓声を上げていた。

 

稲も少し逞しさが増し、丈夫になってきたような力強さを感じさせる。

 

さて、2週間後、どうなっているのか、見るのが楽しみだ。

 


 

草取り

  • 2019.06.03 Monday
  • 12:06

田植えから2週間後の先週末に、草取りに行った。

 

田んぼは、最初にならして平坦にする作業をしていない。

 

そこも、「適当」にして、稲を植えていった。

 

2週間たってみると、とくに浅いところには、多くの雑草が繁茂していた。

 

稲をよけながら、雑草を抜いていく。

 

草を抜き、土深く押し込んだりもする。

 

思ったよりも、腰は痛くならない。

 

ただ30分くらいやって休憩を入れ、あぜ道に腰掛けると、足に不思議な感触が宿る。

 

おやっと見てみると、草取りで追い立ててしまった小さな蛙が足にヒョコンと乗っている。

 

まるで、さんざん追い立てまわしたのだから、これくらい我慢せよと言っているかのような表情で。

 

くすぐったいわけではないし、かゆいわけでもなく、なんとも心地の良い蛙の体重を感じながら、日のさす田んぼで座ることの贅沢は、なんとも言えない。

 

田んぼの土と水の感触も、これまた心地よく、そのままざぶんと横たわりたくなる。。。

田植え

  • 2019.05.13 Monday
  • 00:30

今年から米作りに関わることにした。場所は千葉の匝瑳で、SOSA Projectの「My田んぼ」で有機米を作る。

 

My田んぼの話は、池袋でオーガニックバーをされていた高坂さんから伺っていたものの、これまでは踏ん切りがつかなかった。しかし今年は食べる側だけでなく、作る側にも回りたいということと、子供たちをどこかへ遊びに行かせることとが、米作りでは両立できそうだという不純な動機もあった。

 

米作りといっても、一からすべてやるのではなく、SOSAプロジェクトのスタッフが相当程度準備してくれていて、参加者は草取りをしたりしつつ、田植えから入っていく。

 

田んぼに入るのは40年ほどぶり。土に足を取られつつ、じっと見入ると、蛙やオタマジャクシ、蜘蛛など、多様な生き物が目の前を気持ち良さげに、そしてこちらを少し疎ましく見ているようで、面白い。

 

割り当てられた田んぼの広さは、0.5畝(50平米ほど)。

 

大した広さではないけれども、なんというか、ちょうど良いくらいの広さ。最初の米作りとしては、無理せず、丁寧に時間をかけて関われる広さかもしれない。

 

晴天ということもあり、5月上旬ながら日差しは思ったよりも強い。日焼け止めを塗っていたものの、気がつくと、頬のあたりがヒリヒリして、赤くなっていた。

 

今年の参加者30組ちょっと。

 

農的な暮らしや、自給的な生活に関心のある人が集まっている感じで、老若男女、とても多様だ。

 

草取りも田植えも、良い意味での「適当」な按配。

 

少し離れた田んぼは機械を使っているので、綺麗に並んでいる。こちらの田んぼは、画像にあるように、決して、「綺麗」ではないし、苗が目立つわけでもない。

 

しかし冬期湛水で不耕起が基本の田んぼは生物多様性に満ちている(生物多様性というと、実際に経験する土や水、生き物の感触といった生の迸る充実さが消え失せ、言葉の「暴力」を感じてしまう。なにかいい言葉はないか)。

 

しかも苗は藤崎農場のものだそうで、1本が1本がとてもしっかりとしている。数本まとめてではなく、1本ずつ植えてもしっかりと育つとのことだ。

 

一見、最初の画像には稲を植えているようには見えないものの、このしっかりと逞しい苗が植わっている。

 

根が絡み合っている苗を1本ずつ分ける際には、どこか申し訳ない感じがあるけれども、田んぼに植えると、少し踏ん反り返ってもいるようで、頼もしい感じがある。

 

田植えで、少し腰などが痛くなり、顔を上げると、それに合わせたかのように、蛙の合奏が、まるで3D効果のような音場を作り出し、疲れを癒してくれるのも良い。

 

多くの参加者も異口同音に言っていたのは、田植えや草取りの作業は無心にしてくれるということ。座禅ならぬ、作務禅というのか、確かに、田植えや草取りには雑念が入らないし、目の前の生き物たちにひたすら対峙するだけの時間となる。

 

都内からは少し遠いけれども、2週間に1度くらいの頻度で、田んぼに遊ぶというのは、健全なというか、エピクロス的な時間の過ごし方として良いことのようだ。

 

偏屈の蕎麦考

  • 2014.10.26 Sunday
  • 01:24
学会の合間、お茶の水に来ていたので、神田まつやに足をのばして蕎麦を食す。

盛りそば650円。東京の蕎麦の価格としてはとても良心的で内容的にも満足がいくお値段(今日はゆであげた蕎麦のぬめりがやや残っていたが)。

個人的な好みとしては十割なのだが、蕎麦好きの人に教えてもらったところでも東京で十割を出すお店で満足のいくところはないので、二八でよしとする。

さて、タイトルに偏屈と書いたのは、蕎麦の食し方、楽しみ方である。

今日もまわりでそば好きな人々がそばを食していたが、一様に、つゆにしっかりつけて食べている。

蕎麦の繊細な香りや味わいを楽しむのには「そばつゆ」はかえって邪魔だ。そばつゆ味の蕎麦でいいのだということであるならば、言うべきことはないが、それだったら、麺の原料が蕎麦である必要はない(もちろん蕎麦でないとあの独特な風味なり食感は出ないであろうが)。

蕎麦通は食べ始める際に1本だけ何もつけずに食べるともいうが、1本だけしか蕎麦の繊細な風味を味わわないというのでは蕎麦好きではなく、そばつゆ好きでしかないだろう。

風味もないため、そばつゆにつけないと食べられない江戸期の蕎麦ならばいざ知らず、現代の保存状態のよい蕎麦を楽しむならば、惰性的にそばつゆにつけて食べるあり方は見直されていいはずだ。

確かに、なにもつけずに、また塩だけで食べるのは、どこか物足りなく感じてしまう。そのあたりはやりようがありそうだ。

ただこだわりの蕎麦屋はそれなりにあるが、肝心の蕎麦を楽しむということについては、どうも本質をはずしたところが多いように思う。

しっかりとした蕎麦打ちの技術が前提ながら、妙なつゆを開発したり、マヨネーズをかけたりするのではなく、蕎麦のよさを引き立たせる食し方をこそ目指すべきだろう。

批判・監視・民主制

  • 2014.02.19 Wednesday
  • 23:28
先週末からの大雪災害がいまだに予断を許さない状況であるが、オリンピック鑑賞やてんぷら飲食で後手後手にまわった安倍首相をはじめとする現政権への批判が噴出した。

そうした批判に対して妙な反批判が政権内部からも出ているし、首相が高級てんぷらを食べて何が悪いという頓珍漢なものもある。

またこうした政治家の落ち度について、批判ばかりするのではなく、建設的な議論をという声も根強い。

しかし民主制でのメディアや民衆の役割とは何だろうか。

まずは批判こそが主要なものであり、それによって政治の堕落・腐敗が防止されるはずだ。

いついかなる社会でも問題は山積みであり、それに対して、政府がどれだけ頑張って対応しようとしても、とりこぼれは不可避だ。だからいついかなる場合でも、政府は批判から逃れることはできないし、批判があることで改善の余地がどこにあるのかが明白になる。

批判ばかりされるのは辛いことかもしれない。しかしそれを辛いと思う人物はそもそも民主制の下での政治に向いていない。

批判をいかにかわすかを手練手管で行なおうとする政治家に対して、常に監視の目を張り巡らし、否をつきつけ続けることこそ民主制下において最も重要な事柄だ。

その点で、これだけ情報技術が発達したのであるから、在任中の政治家の仕事中は常にwebカメラで監視できるようにしてはどうだろうか。ベンサムの提案のように、官邸や議会をパノプティコン型にして公衆が監視するのも手だが、現代はもっと手軽に、それこそ安価に政治家などを監視できる。これを活用しない手はない。



 

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