能楽堂に思う

  • 2013.03.21 Thursday
  • 11:31
 昨日、渋谷能楽堂にて狂言と能の鑑賞。野村万作・萬斎親子『宗論』、櫻間右陣『当麻』。いずれも昨今観た中で、よい舞台だった。

以下のコメントはただ周辺的な、そして些細なことを。

例えば『当麻』の中に「たづきも知らぬ山中に」という箇所がある。字面だけ追うと、つい「さんちゅう」と呼んでしまったが、地歌が「やまなか」と歌い上げるのを聴いて、確かに、音で理解していた昔の名残というか、日本語の特性からすれば、ここは訓読みがよいのだろうと、今さらながら得心した(真実は違うのかもしれないが)。

能ではかつてありし人物が霊となって登場することがよくある(というかほとんどか)。そのような舞台を見る上で欠かせないのが「照明」だ。

しかし明治期の文明化の過程で、能舞台は欧米の文化(歌劇場)に倣って、室内空間へと閉じ込められた。問題は室内でどのような「照明」を行なうのかである。

現代では、謡本を読む観客のために客席も適度な照明がある。これがまず第一に舞台への意識を遠のかせるのでよろしくない。

第2に舞台も照明が煌々となって陰ができないようになっている。これがまた能の物語世界への飛翔を阻害する大きな要因だ。

現代の薪能においても、照明は薪だけでなく、ライトの補助がつく。谷崎が『陰翳礼讃』で慨嘆したように、陰翳のある空間を嫌う聴衆の好みに合わせて、光り輝く!?舞台になっている。

無表情を能面とも言うが、実は豊かな表情を表わすのが能面だ。それが最も効果を発揮するのは火によるものであれなんであれ陰翳が付くときである。その魅力を現代の能舞台はひたすら奪ってしまっている。

むろん演者からすれば、そんなことは百も承知であると思われる。分かっていながら、いまだハリウッド映画のような陰翳をつけない舞台照明で事足れりとしているのであるから、問題ではないか。

古典芸能の魅力は汲めども汲めども尽きぬ泉のようなもので、それを活かすことをもっと考えるべき時ではないだろうか。

魅力を伝えるには、かえって古の方法に学ぶ、原点に返ることも重要である。

原点はどこに定めてもよい。各人各様の考えに基づいて、原点は様々であってよいはずだ。

ただ能は明らかに中世的なものである。中世のイメージもまたさまざまあろうが、近世の明るい文化と対比されて、陰翳がより際立った世界でもある。加藤唐九郎が言うような暗さ(黒樂茶碗がそうであるような)が中世には付き纏う。

その陰陽というか彼岸と此岸の明白なる対比と相互浸透とに幽玄なる世界が生まれ出るのであれば、能舞台には「陰」がなくてはならない。照明によるのであれ、なんであれ、陰が重要である。

ソニーの世界遺産番組のCMでは、薪だけの能が映し出された。その折の能面の表情の艶やかなる、陰翳ある姿。あれをこそ生で観たいものだ。
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